ひと目では違いがわからない。けれど、乗り込んだ瞬間から、すべてが違っていた。DB11の延長に思えたDB12は、その名を名乗るだけの進化を、確かに遂げている。
INDEX
見慣れたシルエットの向こうに
正直なところ、DB12に対して大きな驚きは想像していなかった。DB11の延長線上に思えたからだ。実際に現車を目にしても、その印象はさほど変わらなかった。ボディラインやプロポーションは大きく変わっておらず、フロントグリルやヘッドライトの造形に多少の違いはあれど、それはディテールの最適化の範囲内。見慣れたシルエットに、これまでのアストンらしさがそのまま残っていた。
搭載されるエンジンも、先代と同じメルセデスAMG製の4.0リッターV8ツインターボ。形式的には同一だ。そうなれば、進化しているのはせいぜいチューニング程度で、全体としては“DB11.5”とでも呼ぶべき存在か──そんな先入観すらあった。
だが、その思い込みはドアを開け、シートに腰を下ろした瞬間から崩れ始めた。
インテリアの仕立ては明らかに異なっていた。今回試乗した個体の、ホワイトとネイビーのライトデュオトーンにまとめられたキャビンは、華美ではないのに格調があり、触れるものすべてが、意図と美意識のもとに選ばれていることが伝わってくる。インパネからセンターコンソール、ドアトリムに至るまで、素材の選び方と組み上げ精度に隙がない。
そして走り出した瞬間、期待以上のものがそこにあった。
なぜ“DB12”なのか
アストンマーティンのDBシリーズ──その名は元オーナー、デヴィッド・ブラウンのイニシャルに由来する。DB2に始まり、ジェームズ・ボンドの愛車として登場したDB5で世界的な知名度を得て以来、伝統と革新を象徴する存在となってきた。
DB11が登場した2016年は、アストンにとって大きな転換点だった。V12からツインターボへの移行、新しいシャシー構造、そしてAMGとの技術提携。ブランドの基礎を、いちから組み直す時期だったとも言える。
そして今回のDB12は、その基礎を継承しながら、内外装の質感、走行性能、インターフェースなどすべてを再構築した次のアストンを示すモデルだ。とはいえ、スペックや写真だけを見れば、DB11との違いはわずかに思えるかもしれない。形式上は“ビッグマイナーチェンジ”と呼べなくもない。
それでもステアリングを握れば、スペックや写真では掴みきれなかった、「DB11の延長線」ではなく、「DB12」と名乗るにふさわしい理由が伝わってくる。
マイルドになって、なお高揚する
走り出してすぐに感じたのは、構造的には大きく変わっていないはずなのに、ひとつひとつの動きが明らかに洗練されているということだった。エンジンもシャシーもDB11と基本は同じ。それでも、制御系や足まわりの煮詰めが格段に進んでいる。まるで、同じ素材を丁寧に磨き直したような仕上がりだ。
パワートレインこそDB11と同系統だが、制御系や足まわりの仕立てはまったくの別物だ。特に電子制御ダンパーは新世代のものに刷新され、路面への追従性やロールの抑え方に、以前にはなかった“解像度の高さ”がある。
タイトコーナーに差しかかると、重量級のGTであることを忘れさせるような旋回性能が顔を出す。ステアリングは正確で、切り始めから終わりまでリニアな応答が一貫して返ってくる。おそらくシャシー剛性の強化も効いているのだろう。走行フィールのすべてが、明らかに「今までのアストンとは違う」。
従来のアストンにあった粗さやワイルドさは、このDB12では巧みに削ぎ落とされている。だがそれは退屈さとは無縁の話だ。むしろ、角を落としたことで走りにまとまりが生まれ、クルマとの一体感が際立っていた。粗さや刺激は抑えられているのに、不思議と気持ちは高揚していく。
マイルドになった部分があるのは確かだが、それを補って余りあるほどの昂ぶりがある──それも、ステアリングを握る前、キャビンに身を沈めた時点で、すでに始まっていた。
アストンマーティンというブランド自体が、そもそも人をワクワクさせる存在だ。だが、このDB12には、それ以上の何かがある。たとえ静かに走っているだけでも、期待値をひとつ超えてくるような、内側からじわりと湧き上がる高揚感があった。
足りなかったもの
これまでのアストンマーティンには、最先端から2、3歩遅れて進んでいるという印象があった。走行性能や快適性、インフォテインメント、ユーザビリティなど、日常での付き合い方において、どこか使いにくさが見受けられた。
しかし、DB12ではその距離が明らかに縮まっている。新開発のインフォテインメントシステムは、ユーザーインターフェイス、表示、レスポンスすべてが洗練され、ナビやオーディオ操作ひとつ取っても違和感がない。ボタン類も合理的に整理され、触れたときの質感も飛躍的に向上している。
インテリアのつくり込みに関しても、従来のアストンマーティンには、部分的に詰めが甘いと感じる箇所があった。だがDB12では、そうした曖昧さが一切見当たらない。細部に至るまでしっかりと作り込まれ、隙がない。
サスペンションは硬さを感じさせず、段差をしなやかに受け流しつつ、踏み込んだ瞬間には芯のある挙動を見せる。パフォーマンスを最前面に押し出すのではなく、あくまで一体感と快適性を同居させている。
最先端に「完全に並んだ」とは言わない。でも、確実にそのすぐ隣に立っている。そんな感触があった。DB12は、GTカーとして今や最高峰と呼ぶにふさわしい領域に達している。
ラグジュアリーの定義
DB12は、GTカーの完成形に近づいた存在だと思う。だが、それを日常的に乗り回すクルマかと問われれば、答えは違う。これは「毎日をこなすための道具」ではない。日常の景色を変えたい時に、そっと選びたくなる一台だ。
たとえば今回の個体は、コンコースブルーのボディに、ホワイトとネイビーのライトデュオトーンインテリアを組み合わせていた。光の加減によってシルバーにも淡いブルーにも見える塗装は、華やかさを抑えつつ、確かな存在感を放っている。
キャビンには、オープンポアのウッドトリムがあしらわれていた。塗膜で覆わない素地のままの木目は、手触りにも視線にも柔らかく、空間に落ち着きと品格を与えている。色や素材の主張ではなく、関係性の調和で魅せるような仕立て。この仕様に惹かれる人はきっと、数字ではなく感性でクルマを選ぶ人だろう。
高級感ではなく「上質さ」、華美ではなく「自分の美意識」に重きを置く人にこそ、このクルマは響くだろう。派手さを求めず、けれど細部には確かなこだわりを宿す──そんな価値観を持つ人のためのアストンマーティンだ。ラグジュアリーとは何かを、他人ではなく自分の感覚で定義できる人にとって、DB12はきっと唯一無二の存在になる。
そう思わせるだけの説得力と、そして何より昂ぶりが、このクルマにはあった。
SPEC
アストンマーティン・DB12
- 年式
- 2024年式
- 全長
- 4725mm
- 全幅
- 1980mm
- 全高
- 1295mm
- ホイールベース
- ホイールベース
- 車重
- 1685kg
- パワートレイン
- 4リッター V型8気筒ツインターボ
- トランスミッション
- 電子制御8速AT
- エンジン最高出力
- 680ps/6000rpm
- エンジン最大トルク
- 800Nm/2750–6000rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン式独立懸架+電子制御ダンパー
- サスペンション(後)
- マルチリンク式独立懸架+電子制御ダンパー
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。