名椅子と、クルマ。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

派手さや速さだけが、フェラーリの魅力ではない。フェラーリ・ローマには、使う人を引き立てるための美しさがある。そしてハンス・J・ウェグナーのザ・チェアにもまた、同じ思想が息づいている。どちらも、自らを誇示するのではなく、使う人の感性を美しく見せるために存在している。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

主張しない美しさ

フェラーリという言葉には、どうしても強いイメージがつきまとう。

赤いボディ。甲高いエンジン音。誰もが振り返る存在感。
速さや熱狂、あるいは少しの非日常。

けれど、フェラーリ・ローマを前にすると、その印象は少し変わる。

もちろん、ローマも紛れもなくフェラーリである。
美しく、速く、特別な存在であることに疑いはない。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

しかしこの車には、声高に主張しない美しさがある。

余計な線を削ぎ落とし、面のつながりで魅せるボディ。
フロントからリアへ流れるなめらかなフォルム。
光を受けたときにだけ浮かび上がる、控えめな抑揚。

それは、フェラーリでありながら、もっともプレーンなフェラーリとも言える存在かもしれない。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

今回、そのローマの前に置いたのは、ハンス・J・ウェグナーの「ザ・チェア」。

1949年に生まれたこの椅子は、ウェグナーの代表作として知られ、のちにアメリカで「The Chair」と呼ばれるようになった一脚である。PP Møbler公式でも、この椅子はデンマーク家具の本質を象徴する作品であり、ウェグナーの代表作として紹介されている。

ザ・チェアの魅力は、説明しようとすると、とても静かだ。

派手な造形があるわけではない。
奇抜な素材が使われているわけでもない。
けれど、目の前に置かれると、その完成度の高さに自然と目が留まる。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

背からアームへとつながる、なめらかな半円のライン。
無駄のない脚の細さ。
籐張りの座面が生む、軽やかな抜け。

そして、木という素材の持つあたたかさ。

そこには、これ以上足す必要も、引く必要もないような均衡がある。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

一歩下がって、引き立てる

ウェグナーの椅子には、しばしばこんな思想が語られる。

椅子だけで置かれたときは、ただただ美しく。
けれど人が座った瞬間、椅子の存在は静かに後ろへ下がり、座る人を主役にする。

この考え方は、ローマというフェラーリにも不思議なほど重なって見える。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

ローマは、乗る人を飲み込むような車ではない。
自分の存在を過剰に押しつけるフェラーリでもない。

むしろ、乗る人の感性や佇まいを引き立てるために、あえて余白を残しているように感じられる。

フェラーリであることを誇示するのではなく、フェラーリであることを静かに纏う。
速さを見せつけるのではなく、速度の先にある余裕を感じさせる。
派手さではなく、品のある艶で心を動かす。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

その姿は、ザ・チェアが持つ美しさに近い。

一脚の椅子として見れば、ザ・チェアは完璧に近い造形を持っている。
しかし人が座ると、不思議なほどその存在感は穏やかになる。

木のアームは身体を受け止め、籐の座面は緊張をほどき、背の曲線は姿勢を静かに整える。
椅子が主役になるのではなく、そこに座る人の時間を美しく見せてくれる。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

ローマもまた、そういう車なのだと思う。

ガレージに置かれた姿は、ただただ美しい。
しかしステアリングを握ると、その美しさは少し後ろへ下がり、乗る人の時間を引き立てる。

街へ向かう時間。
夜の道を流す時間。
誰かを迎えに行く時間。
何気ない日常を、少しだけ特別なものへ変えてくれる時間。

ローマは、そのすべてを大げさに語ろうとしない。

フェラーリでありながら、所有者の日常へ自然に入り込んでくる。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

座る人がいて完成する

写真の中で、ザ・チェアはローマの前に静かに置かれている。
籐の座面と木の柔らかな表情。
その奥に沈む、ネロデイトナのローマ。

一方はデンマークの名椅子。
一方はイタリアのグランドツアラー。

生まれた国も、時代も、用途も違う。
けれど、二つが同じ空間に並ぶと、どこか同じ言葉で語られているように見えてくる。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

無駄を削ぎ落とすこと。
主張しすぎないこと。
それでも、確かな色気を残すこと。

そして何より、使う人を美しく見せること。

名椅子と名車には、そうした共通点がある。

それは単なるデザインの話ではない。
暮らしの中に迎え入れたとき、その人の感性や時間をどう引き立てるかという話である。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ

フェラーリ ローマと、ハンス・J・ウェグナーのザ・チェア。
どちらも、単体で置かれた姿は美しい。

けれど本当の魅力は、人がそこに関わったときに立ち上がる。

座る人がいて、初めて椅子は完成する。
乗る人がいて、初めて車はその表情を変える。

ローマは、フェラーリでありながら、乗る人を主役にできる一台である。
そしてザ・チェアは、名椅子でありながら、座る人の存在を引き立てる一脚である。

削ぎ落とされたものだけが持つ、静かな艶。

この二つが並ぶ空間には、そんな美しさが宿っている。

ハンス・J・ウェグナーのザ・チェアとフェラーリ・ローマ
Written By
HIROYUKI KONO

18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どん...

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