この個体を見せてもらったとき、思わず驚きました。塗り直しではない、純正のオールブラックだったからです。
実はこのモデル、100台のうちわずか5台だけが特別にオールブラックで生産されたと言われています。30年前のクルマで、そのうち5台。現在どれほど残っているのかは分かりませんが、かなり希少な存在であることは間違いないでしょう。
トヨタ・クラシックは、トヨタ初の量産車として知られるトヨダAA型乗用車をモチーフにして作られたモデルです。
まずモチーフとなったAA型乗用車とは、どんなクルマだったのでしょうか。
このモデルが登場した頃、トヨタの社名はまだ「トヨダ」と表記されていました。1930年代当時の日本では、横浜フォードや大阪シボレーといったアメリカ車が国内生産され広く普及しており、そうした状況に追いつくべく海外の技術を学びながら生まれたのがAA型乗用車でした。いわば、日本の国産乗用車のパイオニアともいえる存在です。
この時代のトヨタについては、TBSの特別ドラマ『LEADERS リーダーズ』や関連書籍などで詳しく知ることができます。ちょっと古い作品ですが、トヨタという会社の原点を知ることができる内容で、今見てもとても面白いのでぜひチェックしてみてください。
ちなみにAA型乗用車は、現存する実車がほとんど確認されていません。1980年代にトヨタ自動車が公式に調査した際も、日本国内には存在が確認されませんでした。
ところがその後、思いがけない形で1台のAA型が発見されます。第二次世界大戦末期の1945年8月、満州国に侵攻したソビエト連邦軍に接収された個体が、その後シベリアの農家に渡り、長い年月を経て発見されたのです。現在その車両は、オランダのラウマン自動車博物館に収蔵されています。
そんな話を聞くと、実車を見るためだけにオランダへ行きたくなります。
しかしAA型を現代で所有し、実際にドライブを楽しむとすれば、このトヨタ・クラシックこそが最も現実的な存在でしょう。
このクルマは、市販車誕生60周年を記念して1996年から1997年にかけて製作されました。生産台数はわずか100台のみです。
当時の新車価格は800万円。
かなりの部分が手作業で作り込まれており、この価格でもトヨタとしてはかなり思い切った設定だったのではないかと思います。
ベースとなっているのは、5代目ハイラックスのダブルキャブ仕様です。ただし完成した姿からは、その面影がほとんど分からないほど大きく作り替えられています。
ではなぜベースにハイラックスが選ばれたのでしょうか。
理由は意外にもシンプルで、車体寸法がAA型乗用車に非常に近かったからです。
さらに複雑なルーフ形状や前後の独特なボディラインを再現するために使われた素材が、なんとカーボンファイバー。クラシックな外観とは裏腹に、構造には現代的な素材が使われています。
AA型と比べて大きく異なる点といえば、窓の大きさやピラーの角度でしょう。しかしデザインとしてよくまとめられており、違和感はほとんどありません。むしろ独特なボディ形状ゆえに、視界の広さにも配慮された結果なのかもしれません。
エンジンはハイラックス系の2.0L直列4気筒OHVガソリンエンジン。トラック用というよりは、乗用車に近い性格を持つユニットが採用されています。
基本的にこのクルマは、外装と内装の仕様があらかじめ決められていました。外装は黒と赤のツートンカラー。内装はAA型をイメージしたウッドパネルと赤レザーの組み合わせです。そしてステアリングにはナルディが標準で装着されていました。
まさにその名の通り、「クラシック」と「ゴージャス」を感じさせる仕立てです。
しかし今回の個体は、その定番仕様とは異なる特別な存在です。
ホイールを含めて初代AA型により近づけるアレンジも施されたオールブラック仕様。100台のうち5台のみと言われるこの仕様は、クラシックというモデルの中でもさらに特別な一台と言えるでしょう。
そんなクラシックがもし目の前に現れたら。
探していた人にとっては、まさに理想の一台なのではないでしょうか。
その名の通り「クラシック」。
しかしそれは単なる懐古ではなく、日本の自動車史そのものを走らせるような一台なのです。

永井陽向 Hinata Nagai
絵本よりも中古車情報誌を隅々まで読み込んでいた幼い頃。それ以来、ずっとクルマに魅せられてきた。高校生の時に初めたInstagram「hinacars」では6年間で2000台以上の写真と解説を投稿。最新モデルから名車と呼ばれるクラシック、そして誰も気に留めないような隠れた一台まで。日々クルマとの新しい出会いがあり、そのたびに胸が高鳴る。その“ワクワク”を、クルマオタクとしての視点で丁寧に言葉へ落とし込みながら、読者のクルマ人生をより豊かにしていきたいと考えている。

















