1989年は、昭和が終わり平成が始まるという、日本にとって大きな節目の年でした。
自動車業界でも、来る90年代に備えて多くの新型車が登場します。
マツダ・ロードスター、日産・R32GT-R、スバル・レガシィ。発表だけならホンダ・NSXもこの時期です。世界一を争う技術を搭載した国産モデルが次々と産声を上げ、いまなお熱狂的なファンを持つクルマが多く生まれた「当たり年」といえるでしょう。
そんな激戦の年にカー・オブ・ザ・イヤーを受賞したのが、この初代セルシオです。
トヨタは1989年、アメリカでレクサスブランドを立ち上げます。
それまでの「大衆車」「古臭い」といった日本車のイメージとは真逆の、ドイツ車にも負けない高品質、信頼性、安全性、そして高級感をすべて詰め込んだ新しいブランドでした。
そのフラッグシップとして誕生したのがLSです。開発当初、このモデルは日本市場には向かないと考えられていました。しかし、当時のバブル景気と、ライバル日産の「シーマ現象」という無視できないブームの影響を受け、急遽クラウンの上位車種として国内導入されることになります。
それがセルシオでした。現在のトヨタエンブレム――3つの楕円で構成された“Tマーク”を最初に装着したモデルでもあります。
セルシオは3つのグレードで構成されていました。
A仕様がスタンダード、B仕様が中間グレード、そしてC仕様がショーファーカーとしても使える最上位グレードです。
基本的に大きな違いは足回りです。A仕様とB仕様はコイルサスペンションですが、B仕様には電子制御により路面状況に応じて減衰力を自動調整する「ピエゾTEMS」が搭載されました。これは世界初の技術でした。
そしてC仕様には、さらに上質な乗り心地を実現する電子制御エアサスペンションが採用されます。C仕様にはさらに、ショーファーユースを想定した「Fパッケージ」もオプション設定されていました。もっとも、それが装備されていなくても、当時としては最高レベルの快適空間であることに変わりありません。
ちなみに売れ筋はC仕様でした。バブル景気の影響を色濃く受けた結果といえるでしょう。その人気は凄まじく、需要と供給のバランスが崩れ、新古車がプレミア価格で取引されるほどでした。
エンジンは新設計の4リッターV型8気筒、1UZ-FE。 アメリカの広い道でも余裕をもって、そして静かに走ることを意識して開発されたエンジンです。
また、このクルマを語るうえで外せないのがオプティトロンメーターでしょう。見ているだけでも楽しくなるギミックですが、視認性の高さと近未来的な演出を同時に実現しているところに、当時のトヨタの技術力を感じます。
自発光式メーターはいまでは当たり前ですが、日本車としてはこのセルシオが初めての採用でした。
後期モデルになると、ついにGPSカーナビゲーション対応の「エレクトロマルチビジョン」がオプションで選択できるようになります。
当時としては珍しい音声ナビゲーション付きで、価格は90万円。まさに目玉ともいえる高額オプションのひとつでした。
1989年10月から1994年10月まで生産された10系セルシオ。新車登録台数の累計は11万5444台にのぼります。
(中編へ続く)

永井陽向 Hinata Nagai
絵本よりも中古車情報誌を隅々まで読み込んでいた幼い頃。それ以来、ずっとクルマに魅せられてきた。高校生の時に初めたInstagram「hinacars」では6年間で2000台以上の写真と解説を投稿。最新モデルから名車と呼ばれるクラシック、そして誰も気に留めないような隠れた一台まで。日々クルマとの新しい出会いがあり、そのたびに胸が高鳴る。その“ワクワク”を、クルマオタクとしての視点で丁寧に言葉へ落とし込みながら、読者のクルマ人生をより豊かにしていきたいと考えている。




















