- マセラティ / グラントゥーリズモ MCストラダーレ(2016)
忘れようにも忘れられない
マセラティ・グラントゥーリズモMCストラダーレはこの先、絶対に忘れられない車であると断言する。強い依存性と隣り合わせで、ある種の「儚さ」がある。他に存在しない。

マセラティ・コルセを名乗る車
MC=マセラティ・コルセの名を冠するグラントゥーリズモ。デビューは2011年。MCトロフェオのごとく、グリルの下部・両脇を突き出し、車高も10mm下に構える。
心臓部の4.7リッターV型8気筒自然吸気は、10psと20Nm引き上げられた450ps/7000rpm(後期は460ps)と510Nm/4750rpmを湧出。2ペダル6MTは、最短で0.06秒のシフトチェンジを可能にした。
そして軽量化。グラントゥーリズモSから100kgものダイエットに成功したのは、ボディ各所の見直しが大きい。デビュー当初は後席が取り払われた2シーターのみの設定だったが、2014年モデルには後部座席が設置された。テスト車両は「後部座席有り」のモデルだけれど、明らかな軽さを感じた(後述)。ブレンボ製のカーボンセラミック・ブレーキの採用も走りに効いている。
最終的に全長×全幅×全高=4935×1915×1345mmという大型セダンさながらのボディサイズであるにもかかわらず、車両重量は1850kgに落ち着いた。
甘いとしょっぱいの攻防
白いレザーにネイビーのアルカンターラを組み合わせた初代オーナーには脱帽だ。ここにカーボンパーツが加わることで室内がグッと引き締まる。「やらしいレーシングカー」とでもいおうか、甘いとしょっぱいの攻防にキーを撚る前からやられてしまう。
実際、車内の得も言われぬ香りを鼻から一杯に吸い込むと、走らなくても十分に幸せじゃないか…と思うほどだ。
しかしステアリングの向こうの大きなシフトパドルを目にすると、事前に調べておいた変速スピードやらスープアップされたスペックのことを思い出し現実に引き戻される。
ぐだぐだ語らずに早く走り出せよ…。
車からも読者からもそう言われているような気がしてキーをひねった。
シングルクラッチ、万歳
2秒ほどのクランキングの後に、ヴォンと一発大きな音が響く。このヴォン、の時点で、排気管の中に幾重もの音が重なり、反響し、「奏でている」音なのである。
アイドリング音も太い。しかし野太くはない。どこか上品で、どこか聴かせてくれる。魅せてくれる。雑味がなく、澄んでいる。
澄んでいるのは、走り出しから手元に伝わる感触も同じだ。明らかに軽い。身体に刷り込まれてきた数あるマセラティとは全くの別モノであることがすぐにわかる。
ノーマルモードで走ると、変速は比較的穏やかだ。自動で変速するタイミングに神経を集中させてスッとアクセルを緩めると、車体の奥でコクっとギアが変わる感触が伝わる。またアクセルを踏む。この所作が車との対話を深めていく。シングルクラッチ・バンザイ。
澄んだ感触の理由のもうひとつに気が付く。乗り心地がいい…。察するに、カーボンセラミック・ブレーキによるバネ下重量の軽減がかなり効いている。ボディが強くなったように感じるのは、アシがよく動くからではあるまいか。決して大きくないストロークの中で、軽やかなアシがハタハタと動く。
快適性と官能。ここでも甘いとしょっぱいの攻防に、脳がくらくらしてくる。正気を保てているうちに、レースモードにしてみた。
サーキットに滑り込みたい
ナビ画面の左横にある丸い「RACE」を押す。ちょっとグニョっとした感じがマセラティだななんてことを考えていた直後、その豹変ぶりに、小さなことばかり見ている自分がばかばかしく思えてきた。
音が変わった。車体が一気に引き締まった。パワートレインが牙をむき出しにした。
1速のまま、ヤワなアクセルの踏み方をすると、それを上回る前のめりなパワートレインが、ワンワンワンワンとハンチングする。
アクセルを踏めばそれが落ち着く。といっても既にとんでもない速度。リアタイヤがムズムズを通り越して、空転している。
まずい!と思い、変速。それでも猛然と前に進まんとする姿勢は変わらず。これが、2速、3速、4速とパンチあるギアアップを続けた頃には、日本の、それも京都の公道では全くもって足りないことに気付く。そのまま鈴鹿サーキットに滑り込みたいと思った。
数値には現れぬ「儚さ」
時間を過ごす程に、この車の数値には現れぬ魅力に気付くことになる。
一言でいうと「儚さ」だと私は思う。
線の細さ。繊細さ。堪能的領域の狭さ。
グラントゥーリズモSを磨き、研ぎ澄ました結果、MCのストラダーレは極めてピュアで贅肉のない車に生まれ変わった。
常にRACEモードで走るのはムリだ。RACEモードは全てをむき出しにする一方で、色々なものを犠牲にし、削り取る。しかし普通に走っていると、どうにも心がムズムズして、気づけばRACEのボタンを押している。
押せば天国。しかしずっとは味わえない、とっておきのモードだと自分も気づいている。ふと我に返って、通常モードに戻す。この繰り返しには、どこか儚さがつきまとう。
この感覚を、私はこれから先も忘れないだろう。事あるごとに、脳が痺れるこの感覚を思い出すだろう。人の心を奪うグラントゥーリズモMCストラダーレ。他にこんな車は、どこを探しても存在しない。