- アストンマーティン / ヴァンキッシュ ヴォランテ(2020)
快楽への誘い(いざない)
アストン・マーティン・ヴァンキッシュ(2世代目)の試乗記。もはやアート作品ともいえそうなデザイン、魅惑のV12、オープン。細かな事など気にならなくなる刺激にやられた。

ヴァンキッシュとは何か?
今回テストするアストン・マーティン・ヴァンキッシュ(2世代目)は、既に生産が終了し、いわば「後継待ち」とも言えるモデルだ。
直系の先祖はアストン・マーティン・ヴィラージュだ。しかしこのヴィラージュという名前が用いられたのは実はごく短期間。これについては長くなるため、また別の機会にまとめよう。
「ヴァンキッシュ」という名前が披露されたのは2001年のジュネーブ・モーターショーでのこと。初代ヴァンキッシュは2001年〜2007年、正確には「V12ヴァンキッシュ」を名乗り、同社のフラッグシップとして製造された。
2002年には映画「007/ダイ・アナザー・デイ」にボンドカーとして登場。2004年には、よりスポーティな「V12ヴァンキッシュS」がデビュー。時系列でお伝えすると、2001〜2005年にV12ヴァンキッシュが、2004〜2007年にV12ヴァンキッシュSが製造された。
2007年以降、V12ヴァンキッシュは「DBS」へと間接的な後継車として置き換えられた。
ヴァンキッシュ(2代目)
ヴァンキッシュ(2代目)は、2012年、まずは「プロジェクトAM310コンセプト」としてイタリア北部、コモ湖の西岸で執り行われるコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ(クラシックカーのコンクール)にて披露された。
310は、社内でVH310と呼ばれていた「VHプラットフォーム」のコード名から来ている。ではこの「VH」とは何かというと、Vertical Horizontal(バーティカル=垂直、ホリゾンタル=水平)の略で、同社内やグループ内でのプラットフォーム展開を意味していた。
なお構造としてはバスタブ型のアルミシャシーが基本で、アルミ押し出し材やマグネシウム製の骨格を接着。これに外殻が組み合わされる。世代としては3代目のプラットフォームで、より軽く、より堅牢になったという。
デザインは初代がイアン・カラムであったのに対し、今回は内部のマレク・ライヒマンが担当。ボディサイドやテールライトなどは、ライヒマンが同じく担当した77限定のOne-77から大きく影響を受けている。
パワートレインはV型12気筒自然吸気でフロントに搭載。前後重量配分を考慮してトランスミッションはリアに置かれた。(前後51:49)。2012〜2014年は6速ATタッチトロニックIIを、2015年以降は8速ATタッチトロニックIIIを組み合わせた。いずれもZF製となる。
2013〜2018年にオープンモデルのヴォランテが、2017〜2018年にはパワー増強と空力向上を果たしたヴァンキッシュSが加わった。
理性を飛ばす、魔性の車
アストン・マーティン・ヴァンキッシュを目の前にすると、まずボディラインにうっとりする。ビロードがゆらりと風になびき、時に折り目がつくさまを彷彿とさせるボディパネル。小さな構成要素がまとまりをもって、筋肉質な全体のフォルムを構成している。
たとえばアストン・マーティン・ヴァンテージがコンパクトさと凝縮感でデザインを肯定するのと同じく、ヴァンキッシュはこの伸びやかなサイズ感が優雅さを演出する。
「非の打ち所がない」という表現はヴァンキッシュの為にあるのかもしれないとさえ思う。
センターコンソールの真ん中にキーを差し込むと、カカカカカッとイグニションオンを知らせる乾いた音が高音に変化しつつ鳴ったのちに、爆発音に近い自然吸気V型12気筒(576ps/6650rpm、630Nm/5500rpm)の目覚めのサウンドが響く。
センターコンソール上の「D」ボタンを押す。少し強めのクリープをもって走り出す。
野太く獰猛なサウンドは、迫力はそのままに高音に転じてゆく。フェラーリ12気筒のように、羽音のような高音ではなく、太く、猛々しい高音といえば伝わるだろうか。
Sモードにするとさらに音量は倍増し、迫力は倍増どころか二乗される。幌を開けると…。後ろから響き渡る甘美なサウンドに酔いしれる。美しいボディとサウンド。この世の中にこれ以上の快感があろうか、とさえ思う。
個人的には硬質(しなりづらい)と思っていたVHアーキテクチャーも、ヴァンキッシュのホイールベースゆえか、しなやかに感じる。
タッチトロニックIIIの進歩も明白。変速は適切で、時間も短い。ギア選びも柔軟だ。
たしかに同世代の真横を見渡せば、もっとモダンな乗り味のスポーツカーは存在するけれど、そんな頭でっかちな考えを簡単に吹き飛ばしてしまう魔性の車であると感じた次第だ。いや、正直に申し上げて、最中は興奮するだけだった。後になって魔性の車であると感じた次第だ…。
今後、出会うことはない
アストン・マーティン・ヴァンキッシュに乗ると、脳がしびれる感覚になる。自分(と車)以外の対象物がぼんやりとし、ただただ五感が快楽に浸される空間と時間に身を浸す。
だからといって派手ではない。真っ赤な跳ね馬や、漆黒の闘牛の世界観とは異なる。何ならば文化的な香りさえしてくるのである。
美しく、甘美。それでいて良い意味で分かりづらい。英国人にしか作ることの出来ない車かもしれない。そしてこれからの時代に、新たに生まれてくるとは考えづらい車もである。