当時のマツダは、いわゆる「クロノスの悲劇」とも言われる状況にあり、新しいものを作ろうとした結果、経営は危機的な状態にありました。
そんな中で次の一手として選ばれたのが、安心できる既存のDプラットフォームの改良版でした。
当時レビューが採用していたプラットフォームを活かし、新開発を避けることで低コスト・短期間・安定した高クオリティを追求したのが初代デミオです。
結論から言えば、これが大成功。
デミオは「マツダの救世主」とまで呼ばれる存在になりました。
デミオと聞くと、コンパクトカーという印象を持つ人が多いかもしれません。
しかし初代モデルは、車検証上の区分ではステーションワゴンと記載されています。
当時のキャッチコピーでも「自由型ワゴン」や「新ジャンルワゴン」といった言葉が使われていました。
成功の理由を振り返ると、デビューは1996年。
バブル崩壊後の時代で、人々の価値観は贅沢から実用性へと大きく動いていました。
その市場の変化をいち早く掴めたのは、短期間で開発を進めたからこそとも言えるでしょう。
クロノスの悲劇という苦い経験を経て、他社よりも早く方向転換し、時代に寄り添うクルマを生み出した。
このエピソードは、当時の経営陣の判断力を物語るものでもあります。
さらに当時はミニバンブームが始まり、2000年に向けてクルマのサイズがどんどん大きくなっていった時代でもありました。
一方でクルマの保有台数は増え、都市部では機械式駐車場も増えていました。
大型化したミニバンは入らない。しかしデミオは機械式駐車場に収まるギリギリのサイズに設定されています。
この絶妙なサイズ感によって、実用性と所有のしやすさを両立できたことも、人気を後押しした理由のひとつだったのです。
そして今回の個体は、2001年式の後期型。
グレードは特別仕様車「アレッタ」です。
走行距離はわずか6000km。
年式を考えると驚くほど少ない距離で、コンディションの良さが想像できる一台です。
ボディカラーはサンライトシルバーメタリック。
当時のマツダらしい、少し温かみのあるシルバーで、初代デミオの丸みを帯びたフォルムにもよく似合う色です。
派手さはありませんが、使いやすく、扱いやすく、そしてどこか愛着が湧く。
やっぱり初代デミオは、いいクルマです。

永井陽向 Hinata Nagai
絵本よりも中古車情報誌を隅々まで読み込んでいた幼い頃。それ以来、ずっとクルマに魅せられてきた。高校生の時に初めたInstagram「hinacars」では6年間で2000台以上の写真と解説を投稿。最新モデルから名車と呼ばれるクラシック、そして誰も気に留めないような隠れた一台まで。日々クルマとの新しい出会いがあり、そのたびに胸が高鳴る。その“ワクワク”を、クルマオタクとしての視点で丁寧に言葉へ落とし込みながら、読者のクルマ人生をより豊かにしていきたいと考えている。
















